狂ったように騒ぎ出す緩の姿を、美鶴と瑠駆真、そして小童谷陽翔はただ茫然と見下ろしていた。校舎の窓から生徒たちが顔を覗かせ、程なくして教師が駆けつけた。美鶴に殴られたと主張する緩と、そんな事はしていないと言い張る美鶴。何がなんだかわからないまま、瑠駆真と小童谷陽翔も事情を聞かれた。
瑠駆真は、美鶴と緩の件に関しては何も知らないと答えた。裏庭で何をしていたのかと聞かれ、小童谷と談笑していただけだと答えた。話の内容についてはなんとかごまかした。
小童谷が教師に何と答えたのか、どこまで答えたのかはわからない。だが、瑠駆真としては、あまり他言はしたくなかった。
中学時代の話を、何も関係のない他人に聞かせる必要はない。
聞かせたくはない。
瑠駆真はやがて開放され、そのまま午後の授業を受けた。
なぜあの場に美鶴と聡の義妹が居たのか? なぜ美鶴が聡の義妹と? なぜ美鶴が聡の―――
ワケのわからない不安のような懐疑のようなものが胸に漂い、放課になるや学校を出た。その頃にはすでに美鶴の自宅謹慎の話は学校中に広まり始めていたが、視野の狭くなっていた瑠駆真の耳に届く事はなかった。
鍵のかかったままの駅舎。聡も美鶴もやってこない。
ひょっとして、また何かのトラブルにでも巻き込まれたのか?
澤村優輝の存在が脳裏に浮かび、知ったばかりの美鶴の携帯番号を鳴らした。だが、美鶴は出てはくれなかった。
聡に連絡を取ったが、やはり反応なし。
駅舎の前で座り込み、焦る気持ちに任せて電話やメールを繰り返した。いつもなら聡か瑠駆真目当ての女子生徒が一人か二人は現れるのだが、珍しく来訪者もなかった。美鶴を監視するかのような浜島の姿も見なかった。
ここ数日で急に冷えだした秋の風が肩を撫で、その冷たさが不安を駆り立てた。寒さを感じてもおかしくはないはずなのに、なぜだか全身が火照るような感覚に覆われ、目の前が揺らぐ錯覚にも襲われた。
美鶴から反応があったのは、すでに辺りを夕闇が覆い始めた頃。
「今日は放っといて」
短いメール。
そのまま帰宅し、不安なまま一夜を過ごした。
そうして今朝登校し、美鶴の自宅謹慎を知ったのはつい先ほど。矢継ぎ早に浴びせられる女子生徒たちからの言葉で、自分が目撃者に仕立てられている事も知らされた。
どういう事だ?
「下級生を殴るなんて、大迫さんも野蛮よねぇ」
「自宅謹慎なんて当然よ」
「どうして退学にならなかったのかしら?」
絶句した。
美鶴。本当にあの下級生を殴ったのか?
混乱する瑠駆真の表情に、男子生徒の一人が怪訝そうに首を傾げる。
「なんだよ? 山脇は一部始終を見てたんだろ?」
「そうですわ。小童谷先輩と一緒にご覧になったって、伺いましたわ」
小童谷――――
その名前を聞いた瞬間、瑠駆真の足は、彼の意志とは無関係に教室の出口を目指していた。
小童谷、お前は先生に何を話したんだ? 何をどう話したんだ? 美鶴が何をしたと? 何をしたと証言したんだ?
驚愕と憤りでフラつく足を操り、どうにか廊下に出たところで聡に捕まった。
「僕は目撃も証言もしていない」
聡と向かい合い、そうして唸るように言葉を吐く。
「したと言うなら、それは小童谷だ」
「俺が、何か?」
歌うような、なんとも間の抜けた声が辺りに響く。その場の全員が顔を向ける先で、登校してきたばかりの小童谷陽翔が不思議そうに、だが少しだけ楽しそうに首を傾げる。
「噂話に名を上げられるのは、あまり好きじゃない。それが男子の口の端ならなおさらね」
肩に乗せていた鞄をズルリとおろし、チラリと瑠駆真へ視線を投げる。
「しかも、あまり好意的ではないようだ」
「朝っぱらから、よくまわる口だな」
「人並み程度の社交性を持ち合わせているだけのことだ。君とは違ってね」
含みを持たせた最後の一言。瑠駆真の瞳の奥に、鋭い光。
「別に、君のようになりたいとは思わない。もっとも、君がどのような人間なのかも、僕は大して知らないんだけどね」
「知ってもらいたいとは思わないけど、好んで仲違いをしたいとも思ってはいないよ」
そう答える相手の、瞳が笑う。瑠駆真の掌がギュッと握り締められる。
何を言う? 昨日は僕の事を嫌いと言ったじゃないか。
そう言いたげな瑠駆真の視線を涼しい態度で受け止め、陽翔はゆっくり視線を動かす。
「君は、金本くんだったね」
そうして、聡が無言で頷くのを見てからその後ろを覗き込む。
「君は?」
「あっ 涼木って言います。金本くんと同じクラスで」
「そう。たぶん"初めまして"だね」
「はい」
ツバサの返事に軽く頷き、再び瑠駆真へ視線を戻す。
「で? 俺が何だって言うんだ? 朝っぱらからこんな廊下の真ん中で、しかもこれだけの視線を集めての事なんだ。よほどの内容なんだろうな?」
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